農家による農家のためのオープンアグリテック選果機 「AMF original M5 Grader」
オープンソースが果樹農家の未来を変える
はじめに
会津みしらず柿の選果作業は、品質管理の要となる重要な工程です。果実の大きさや重さの均一性は市場価値に直結するため、正確な選別は収益に大きく影響します。
<選果機とは?>
選果機は、果実の重さを計測して自動的にサイズ分けを行う装置です。心臓部となるのは「ロードセル」と呼ばれる重量センサーです。
このセンサーは、物体の重さを電気信号に変換する精密機器で、キッチンスケールや体重計にも使われている技術です。デジタル選果機では、このロードセルで計測した重さをコンピュータで瞬時に判断し、果実のサイズを判定します。
仕組みは簡単ですが、現状の選果機を取り巻く状況には、以下のような課題があります:
- 簡易的な重量式選果機でも1台10万円程度。高速処理が可能な機種は100万円をゆうに超えるため、導入が容易でない。
- 設置場所を大きく取る
- 当農園には故障時の代替機がないため、シーズン中にトラブルが発生すると致命的ダメージを受ける。
- 処理能力を上げるには複数台必要だが、価格がネックで増設が困難
選果機は会津みしらず柿の出荷に必要不可欠な設備でありながら、現行機の故障は経営に大きなダメージを与えかねません。また、収穫ピーク期の選果効率を上げるために複数台での運用が理想的ですが、価格面で実現が困難でした。
そこで今回、9,000円程度で製作可能な自作選果機の開発に取り組みました。M5 Stack(小型コンピュータ)とロードセルセンサーを組み合わせ、3Dプリンタでケースを自作することで、大幅なコストダウンを実現。4台以上を並列で使用することで、既存の選果機(文太Ⅱ)と同等のパフォーマンスを半額以下のコストで実現できました。
オープンアグリテック選果機「AMF (Aizu Matsubara Farm) original Grader」の誕生です。

- 音声ガイダンスでサイズを読み上げ
- サイズごとに画面の色が変わり、視認性が高い
- コンパクトで場所を取らない
2. 選果機の概要
システムの特徴
本選果機の最大の特徴は、完全オープンソースで開発されていることです。誰でも無料で設計図やソースコードを入手でき、自分で製作することができます。GitHubでソースコードを、Printablesで3Dプリントデータを公開しています。
主なコンポーネントと価格
部品名 | 価格 | 備考 |
---|---|---|
M5Stack Basic v2.7 | 7,260円 | メインユニット |
M5Stack用重さユニット(HX711) | 660円 | 重量センサーの制御ユニット |
ロードセル(1kg用) | 400円 | 重量センサー本体 (Aliexpress) https://www.aliexpress.com/item/1005006827930173.html?spm=a2g0o.order_list.order_list_main.49.2ff01802kwft8n |
マイクロSDカード (2GB) | 500円 | 音声ファイル保存用。M5 Stackとの相性注意 |
M3x5 鍋ネジ x8 | - | ケース固定用 |
M4x20 皿ネジx4 | - | ロードセル固定用 |
合計 | 8,820円 |
公開先:
ソースコード:https://github.com/23style/M5_Grader
3Dプリントファイル:https://www.printables.com/model/1190976-m5stack-grader-as-open-source-agri-tech-project
完成品のスペック
- 測定精度:1g単位
- 最大計測重量:1kg
- 表示方式:デジタル液晶表示
- フィードバック:視覚(画面の色変化)+音声ガイダンス
- サイズ判定:10段階(6L/5L/4L/3L/2L/L/M/S/2S/3S)
- 電源:USB Type-C(モバイルバッテリー使用可)
コストパフォーマンスの優位性
- 圧倒的な価格差
- 既存の選果機(文太Ⅱ 実売10万円程度)と比べて約1/10以下のコスト
文太Ⅱは収穫コンテナごと秤にあげられます。これは専用機ならではの強みですね。

- 4台導入しても既存機の半額以下
- 拡張性の高さ
- 必要に応じて台数を増やせる
- 故障時もパーツ単位での交換が可能
- カスタマイズ性
- オープンソースのため、自由にプログラムを改変可能
- 果実のサイズ基準を柔軟に変更可能
- 運用の柔軟性
- コンパクトで持ち運びが容易。作業場所を選びません。
- 複数人での同時並行作業も可能です
このように、低コストでありながら実用的な性能を実現しています。特に複数台での運用を想定した場合、従来の選果機と比べて大きなコストメリットがあります。
3. ハードウェア構成
M5 Stackについて
M5 Stackは、ESP32をベースにした開発用マイコンボードです。2.0インチのカラー液晶ディスプレイ、スピーカー、3つの操作ボタン、Wi-Fi/Bluetoothを標準搭載しており、プログラミング初心者でも扱いやすい設計になっています。
選果機のメインユニットとしてM5 Stackを選んだ理由:
- デジタル表示が見やすい
- 音声ガイダンス機能が実装可能
- Wi-Fi経由でデータ送信が可能(将来の拡張性)
- Arduino IDEやブラウザのUIFlow2.0で簡単にプログラミング可能
- はんだ付け不要で各種センサーと接続可能

重量センサーの仕組み
本機の心臓部となるのは、ロードセルと呼ばれる重量センサーです。
ロードセルの仕組み
- 金属板にかかる歪みを電気信号に変換
- 微弱な信号をHX711アンプで増幅
- デジタル値に変換してM5 Stackへ送信

重量センサーの選定ポイント:
- 1kg計測用を採用(柿1個200-300g程度のため十分)
- 分解能0.1g(実用では1g単位で表示)
- 温度補正機能付き
組み立て手順
- M5 Stack本体の準備
- SDカードに音声ファイルを書き込み、本体に装着
- Aruduino経由でプログラムの書き込み
- 動作確認
- ケースの組み立て
- フロントパネルにM5 Stackを装着
- ユニットケースに、HX711,ロードセルを取り付け

- スカートカバーの取り付け(M3鍋ネジ4本で固定)
- ケーブル類の収納(マステなどで仮止めすると良い)

- フロントパネルと本体を接合
- 底部カバーの取り付け(M3鍋ネジ4本で固定)
ケーブルを挟まないように注意

- 計測プレートの取り付け
- キャリブレーション
- 無負荷時のゼロ点調整
- 標準分銅(100g)による校正
- 精度確認
メンテナンス性
故障時の対応を考慮し、以下の設計としました:
- パーツごとに交換が可能
- ケースは最小限のネジで固定
- 配線はコネクタ接続
シンプルながら実用的な構造を実現しています。
4. ソフトウェア実装
プログラムの基本設計
本選果機のソフトウェアは、Arduino IDE上でC++言語を使用して開発しています。プログラムの主な機能は以下の通りです:
- 重量測定と表示
- サイズ判定
- 音声フィードバック(ずんだもん Voice)
- ユーザーインターフェース制御
重量測定の精度向上
正確な選果を実現するため、以下の工夫を実装しています:
- ノイズ対策
- 複数回のサンプリング(6回)による平均値の採用
- 安定性の監視(5サンプルの変動が0.3g以下で安定と判定)
- キャリブレーション機能
- オフセット調整(ゼロ点の設定)
- 校正値の自動保存(SPIFFSを使用)
視覚・音声フィードバック
作業効率を高めるため、複数の方法でフィードバックを提供:
- 視覚的フィードバック
- サイズごとに異なる背景色
- 6L: 赤、5L: マゼンタ、4L: 紫、3L: 青、2L: シアン、L: 緑、M: 黄、S: オレンジ、2S/3S: グレー

- 大きな文字でのサイズ表示
- 測定状態のインジケータ表示
- 音声ガイダンス
- ずんだもんによるサイズの音声読み上げ
エラー処理
安定した動作を実現するため、以下のエラー処理を実装:
- センサー接続エラーの検出
- 過負荷の警告表示(1kg超)
- キャリブレーション異常の検出
5. 実際の使用方法
キャリブレーション手順
初回使用時や精度に疑問を感じた時は、以下の手順でキャリブレーションを行います:
- オフセット調整
- 計測台に何も載せない状態で
- Aボタン(Offset)を押す
- 「Offset Complete!」と表示されるまで待機
- 重量校正
- Bボタン(Calibrate)を押す
- 画面の指示に従い、100gの分銅を設置
- 校正完了まで待機
日常的な使用手順
- 起動時
- USB Type-C電源を接続
- 起動画面が表示されるまで待機
- 計測台に何も載っていないことを確認
- 選果作業
- 柿を1個ずつ計測台に載せる
- 画面の色変化と音声でサイズを確認
- 「DONE」表示を確認してから柿を取り除く
- 次の柿を載せる前に「ZERO」表示を確認
- 表示の見方
- サイズ:背景色と音声で通知
- 重量:中央に小さく表示
- 状態表示: ZERO:計測準備完了 MEAS:測定中 DONE:測定完了 WAIT:50g未満(計測対象外)
6. 今後の展望
Web連携機能の実装計画
現在、以下の機能を開発中です:
- 収穫データの自動記録
- 日時別の収穫量
- サイズ分布の推移
- クラウドサービスとの連携
- Googleスプレッドシートへの自動記録
- 収穫予測のためのデータ蓄積
ロボットアームとの統合構想
将来的な自動化に向けた開発を計画しています:
- 自動選別システム
ロボットアームによる仕分けとコンベアとの連携が理想です。スピードが遅くとも自動でやってくれることが重要と考えています。AIによるキズ品の自動判別まで行えればさらに効率的になります。
8. まとめ ~オープンソース選果機が切り開く可能性~
長年構想として温めていた「手の届く価格の選果機」が、M5 Stackとロードセルとの出会いで現実のものとなりました。特筆すべきは、AIによるプログラミング支援のおかげで、開発のスピードが大幅に向上したことです。IoT開発は独特の処理手順やライブラリが必要なので、コーディングの自動化はとても助かります。
実践から得られた知見
ケースの重要性
2024年シーズンは3Dプリントケースなしで運用を試みましたが、配線の抜け等のトラブルに悩まされました。適切なケース設計は、単なる見た目の向上だけでなく、実用面でも重要であることを実感しています。下の写真が配線むき出しのプロトタイプです。動作しますがお勧めしません。

並列運用の効果
4台を並べての運用したところ、文太Ⅱと同様の処理速度を実現しました。作業者を2名体制にできるほどの効率化が図れました。次年度は6台体制を目指します。
渋い柿と渋くない柿の同時選果
みしらず柿の選果では、脱渋前後の果実を分けて管理する必要があります。従来の1台体制では、選果工程で混ざってしまうリスクがありました(一昨年には実際にヒヤリハットも経験)。複数台体制により、選果場所を区切る事ができ、渋い柿と渋くない柿の混在リスクも解決できました。
農業DXへの示唆
農業用機械は、市場規模の制約から必然的に高価格になりがちです。しかし、今回のプロジェクトで、自作スキルがあれば大幅なコストダウンが可能なことが実証できました。さらに、クラウドへのデータ送信など、従来機にない先進的な機能も実装可能です。
このプロジェクトを通じて、オープンソースハードウェアとソフトウェアの組み合わせが、農業分野における技術革新の新たな可能性を開くことを実感しています。今後も改良を重ね、より多くの農家の方々と知見を共有していければと考えています。
人工知能という最新技術を活用しながら、伝統的な農業の課題を解決できたことは、とても意義深い経験となりました。